STOVAIGH(ストヴァーグ)の東洋思想から生まれる服づくり
近年、アルチザンという文脈において中国発ブランドが静かに存在感を強めています。
その中でもいま注目を集める気鋭のブランドのひとつが今回コラムでご紹介するSTOVAIGH(ストヴァーグ)です。
まだご存知ない方もいるかもしれませんが、服づくりへの執念の結晶ともいえる洋服たちは一度触れたらその高いクオリティに感心することと思います。
僕自身デザイナーと関わりがあることもあり、今回はより思い入れの強いコラムとなっています。
それではそんなSTOVAIGH(ストヴァーグ)について、一緒に見ていきましょう。
STOVAIGH(ストヴァーグ)のはじまり

STOVAIGH(ストヴァーグ)は2022年にスタートしたブランド。
「STO(隠す)」と「VAIGH(明らかにする)」を組み合わせた中国の古代哲学の概念に由来する言葉だそうです。
中国・杭州を拠点に活動するデザイナーは氏名や顔を公開せず、あくまでものづくりだけにスポットを当ててほしいというスタンスをとっています。
木彫り職人の祖父を持ち、彫刻とともに生きる祖父の自然体な姿が幼少期の彼に深い感銘を与えたといいます。
なにかデザインをするとき、それには必ず技術がともなう、というデザインと職人技の不可分な関係性がDNAのように刻み込まれていたのでしょう。
その後イギリスに留学した彼は西洋的な美術教育をとおして思想と造形の関係性について学んでいきます。
そして大きな転機となったのがMaurizio Altieri(マウリツィオ・アルティエリ)氏との出会い。

C DIEM(カルペディエム)、LM ALTIERI(LMアルティエリ)、LINEA PROJECT(リネアプロジェクト)、SARTORIA(サルトリア)、AVANTINDIETRO(アヴァンティンディエトロ)…
さまざまな実験的なクリエイションを手がけてきたアルチザンの祖・マウリツィオ氏が当時手がけていたいくつかのプロジェクトに参加し、ファッションにおける職人的な専門知識を吸収していきます。


マウリツィオとのプロジェクトは服づくりというよりは哲学や概念の具体化といえます。
そのプロジェクトに携わりながら彼はより自らの思想を確立していったのではないでしょうか。
こうしてできあがった思想と職人的なものづくり・デザインのすべてが融合し、STOVAIGHというブランドへと昇華していったのです。
東洋思想−美は光の中ではなく、影の中に宿る−

STOVAIGHのブランドの特色として、東洋思想の影響を色濃く受けている点があります。
例えば老荘思想のひとつである「無為自然」という考え方。これは作為(欲)を持たず自然体でいること、すなわちあるがままでいることを表しています。
ものづくりとともに在った彼の祖父がそうだったように、彼にとっても「自然体でいること」が服づくりだったのでしょう。
それ以外にも、STOVAIGHのコレクション発表のサイクルにもこの思想があらわれているように感じます。
コレクション発表とは通常、春夏・秋冬の年2回ですがSTOVAIGHでは年1回の発表となっています。
ただ、年2回のコレクション発表は商業として合理的なサイクルであって、ものづくりの観点からいえば不完全なタイミングでの発表を強いられたり、自発的なクリエイションではなく「発表しないといけないから」ものづくりをしている、いわば無理をしている状態だともいえるでしょう。
これらの非合理なサイクルから脱却し、花や木が一年という自然の周期でめぐるように「無為自然」な状態でものづくりをおこなうことをSTOVAIGHは大切にしているのだと思います。
またSTOVAIGHのものづくりからは、氏の愛読書のひとつ「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」の影響をつよく感じます。

1930年代に日本の作家・谷崎潤一郎によって書かれた本書は、日本文化と西洋文化の不調和を嘆き、それでも進んでいく欧米化に対する危機感をあらわにした内容になっています。
まだ電灯がなかった時代ではろうそくの灯りなどで光と陰を感じられていましたが、西洋の文化が取り入れられていくにつれ画一的な明るさ・風合いになってしまうことで空間やオブジェクトの輪郭をとらえるのは難しくなっていきました。
そのため著者は「美は光の中ではなく、影の中に宿る」と唱え、西洋文化に対する忌避感だけでなく美学を伝えようとしました。
本書は日本と西洋の文化の関係性について述べていますが、本の内容は同じ東洋文化である中国にもいえることでしょう。
STOVAIGHはまさにこの陰翳礼讃の思想をブランドの美学としているように感じます。
陰を落としたような深いカラーリング。後染めを施して陰のようにムラを表現した色合い。光が当たることで陰を落とし、その凹凸が明らかになるテクスチャー…
ブランドの哲学と製法・ディテールが一貫しているからこそ、STOVAIGHの洋服の佇まいには説得力があるのかもしれません。
素材設計のデザイン

STOVAIGHを語る上で欠かせないのがクオリティの高い唯一無二の生地たち。
使用されている生地は他のアルチザンブランドでも見たことのないユニークでオリジナリティのあるものばかりです。

多くの生地が愛知県の機屋で特別に作られたもので、さらにそれらを手捺染や日本の淡墨による二色染めを施したりして、STOVAIGHにしかない生地を作り上げています。
裏地に使われているシルクも四川省の絹工場で眠っていたアンティークシルクを使っており、それをさらに貴州省の奥深い山岳地帯に暮らすカム族(トン族)に染めてもらっています。







他にも語りたい生地がたくさんあるのですが…
是非とも実物を見ていただいて、そのあとに説明を聞いてもらった方がいいのかなと思います。
「時間」を映しだすプリント技法

STOVAIGHを語る上で欠かせないのが写真を用いたプリント技法。
1830年代に発明されたソルトプリント(塩プリント)と呼ばれる、紙ベースのものとしては最古の印画技法を用いています。
この技法のユニークな点が、紫外線を用いた化学反応で印画するため紙だけではなく布にもプリントアウトが可能という点です。
簡単にいうと写真を布に現像できるということですね。
手順としては布に食塩水(塩化ナトリウム)を含ませ、硝酸銀溶液を塗布することで塩化銀を生成します。
塩化銀は紫外線を受けると銀が還元され黒く変色するため、ネガを上に置いて太陽光の下で紫外線に晒すとネガの色合いに応じて変色反応の濃淡ができるので生地に印画することが可能、というわけです。

この手法はネガ自体の濃淡だけでなく露出(光に当てている)時間によって色の濃さが変わるため、プリントに現れた色味は時間の堆積だといえるでしょう。
これを応用し、さらに哲学的な意味合いを持たせた手法が「無限露出」です。
太陽の下に果てしなく長い時間晒すことで生地上の塩化銀は一様に黒く変色します。
こうすることでプリント技法を用いつつ、グラフィックを描くのではなく染色のようなアプローチが可能です。
太陽(光に当てる)があるからこそ黒くなる(陰を落とす)この技法は、まさに陰翳礼讃のイズムを製作プロセスにて体現しているといえるでしょう。


これはかつて写真家・杉本博司が「THEATERS(劇場)」シリーズでおこなったアプローチを彷彿とさせます。
一本の映画の上映時間をすべて露光し続けることで、真っ白になったスクリーン。
一見何も映っていないように見えるその画面には、映画一本分の時間が光として堆積しており、時間そのものが物質化された像となって現れています。
STOVAIGHのプリントも、これと同じく時間を物質化しているといえるでしょう。
いわゆるデザインとしての柄・グラフィックではなく哲学や思想を体現するために使われているアプローチのように感じます。

ノスタルジーの中の違和感
STOVAIGHは東洋思想的なスピリットとノスタルジックなデザインがベースですが、それだけではない奥深さがあるブランドです。
それを裏付けているのがある種の違和感をもったディテールの数々。
一見しただけでは気づかない、
しかもただ変わったディテールというだけでなく、それらは製作の難易度もかなり高いもの(中にはどのように縫製しているかわからないものも…)になっています。
いくつかご紹介しましょう。
Folded Cuff

カフスのオリジナルディテール。
袖のカフス部分に切れ込みのような隙間をつくり、袖ボタンを留めつつボタンを隠したり出したりできます。
「現」と「隠」をコンセプトとするSTOVAIGHらしいディテールです。
Gulf Cut

「湾(Gulf)」のように入り組んだ肩構造。
前身頃はセットインスリーブのように肩と袖が分かれていますが肩山には首元から走るひとつのパーツが袖の先まで伸びています。
このようにクラシカルな風合いの生地・佇まいでありながらアナトミカルな構造もさりげなく取り入れているところがSTOVAIGHの特徴の一つでしょう。
Hidden Mound Pocket

一見ただの両玉縁ポケットに見えますがよく見ると上側の玉縁が覆い被さるような仕様になっています。
覆い重なっている部分の端はかなりの枚数を縫い合わせているはずですがこの収まりのよさ…
そして当たり前のように台場仕立てになっています。
裏側にもいっさい手を抜かない、STOVAIGHのものづくりのスタンスが垣間見えるようなディテールです。
‘门’ Digging Pocket

「门」と中国語で名前のついたSTOVAIGHオリジナルのディテール。
まさに門の漢字の形のようなポケット仕様です。
一見ミニマルなだけのディテールに見えますがこれは特に理解不能なことをしています。
コの字の切れ込みの縁は袋縫い。ほぼ縫い代がないはずなのですがなぜか成り立っています。端部分はなぜ縫えているのか…
恐ろしいディテールです。
Two Layered Lining

個人的に好きなディテール。
裏地を総裏と背抜き、どちらも取りつけた二重構造になっています。
裏地をレイヤードさせるという聞いたことのない仕様。
ロングコートの丈を総裏でつくる贅沢さと背抜きの特徴的なラインを併せたユニークかつかっこいいディテールです。
思いついてもコスト面や縫製仕様のややこしさから普通やってみよう、とならないような仕立てです…
Sinkable Bases

これもはじめて見るボタンディテール。
ダブルブレステッドのコートのボタン留めは通常2列になります。(ダブルだから当たり前ですが)
が、これはL字の切れ込みが入っておりそこからボタンを外すことができます。
表地は二重仕立てになっていて、一層目の生地のボタンをはずしてもボタン留めが完全に外れるわけではありません。

ボタンをすべて外して着るとカーコートのポケットのように見えて、これもかっこいいです。
ここにも「現」と「隠」の思想が反映されていますね。
精度を極めたパーツ
ここではSTOVAIGHのパーツについてもご紹介しましょう。
セラミックボタン

セラミック製のボタンは陶芸家・吳靖文(Wu Jingwen)によるもの。

このボタンは手ごねによる成形、素焼き、金属釉薬の施釉、そして二度目の焼成という、いわゆる陶芸のプロセスをきちんと辿り作られています。
セラミックで小さいものを作ると、焼成の際の収縮でヒビが入ってしまったり割れてしまったりします。
しかもボタンは厚みが均一でなく、薄く、中央に穴が空いているためそのリスクはさらに高くなります。
これを解決するためには適切な土選び、均一な厚みの成型、十分な乾燥、ヒートカーブの調整が必要で、繊細な作業と膨大な手間がかかります。


そのため1日にわずか2個しか作ることができないそう。
「神は細部に宿る」を体現するかのような素晴らしいクオリティのボタンです。
ブロンズノット

ラペルなどにつける飾り金具。
ロンドンのキューブリッジにある200年以上も続く鍛冶場の工房で、職人の手によってSTOVAIGHのためだけに製作されています。
古代ローマやエジプトで用いられていた「ロストワックス(失蝋法)」という鋳造技法で作られるこのパーツは、蝋付け、加熱、噴射、パティネーションといった工程を経て作られます。
数千年前と同じ製法で形づくられた無垢のブロンズはひとつひとつ色味や表面の風合いが異なっていて、はるか昔からあったかのような佇まいをしています。
エボニーウッドタグ

STOVAIGHに使われているタグはエボニーウッド(黒檀)という、非常に堅く重い木を使って作られています。
黒檀はその昔、皇帝や権力者のみが使うことを許された希少な木材です。
中国を経由して日本に伝わった「唐木」の代表格としても知られ、STOVAIGHが海を越えて日本へ届けられるという背景ともどこか重なりますね。
ソルトプリントタグ


先ほどご紹介したソルトプリントを使用したブランドタグ。
汗に反応し、時間の経過とともに褪色していきます。
ソルトプリント自体も時間の堆積を表現していましたが、それが汗という人間の一部と触れることでさらに時間を積み重ねることができるということですね。
汚れてしまうことを敬遠しがちな首元のタグですが、それを逆手にとってブランド哲学を伝えるディテールにしてしまうのは流石です。
STOVAIGH(ストヴァーグ)のシーズン
1st Collection 「JUÉ」(2022AW)




2nd Collection 「TĀI」(2023AW)







3rd Collection 「YǍNG」(2024AW)




4th Collection 「ZHǍNG SHĒNG」(2025AW)





5th Collection 「Herminimal」(2026AW)












以下ブランド側の説明文になります。
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本シーズンは、これまでの枠組みを超え、ブランドにとって新たな方向性を示すコレクションとなっております。
シーズンコンセプトは「Hermiminimal —— 隠者の精神とミニマリズムの理念に基づく内省的なアプローチといった思想から作られています。
本コレクションは、構造と素材、そして両者のバランスに焦点を当てています。
写真は、長年にわたり STOVAIGH の制作実践において中核的な役割を果たしてきました。
それは単なるイメージとしてではなく、観察のための方法論としての写真です。
スタジオでは改良を施した独自のカメラシステムを使用し、特殊なレンズを通して、物質の表面や存在、そして時間の痕跡を捉えています。
これらのイメージは、その後シルクプリントの技法によって再解釈され、色調やコントラストはすべて手作業で丁寧に調整されます。
こうして生まれた色彩とテクスチャーは、私たちのテキスタイルプリントの基盤となり、STOVAIGH を写真と素材開発が融合するブランドたらしめています。
今季のカラーパレットは、ストーングレー、ディープブラウン、モスグリーン、ブラックを中心に構成しております。
全ての素材は、STOVAIGH による日本での独自の研究開発によって生み出されております。
コットンリネンのジャカードやアンティークヤーンで織られたツイルウール、そして手織りによるシルク×リネン混紡素材など、他では出会うことのできないテキスタイルが揃います。
限られた数の高品質な日本の独立系織維工場と協働し、繊維産業が高齢化する日本では、関わる職人の多くはすでに七十代を迎えていますが、それでもなお STOVAIGH のために専用素材の開発を続けています。
この静かな献身と共有された執念こそが、私たちの唯一無二のテキスタイルを形づくっています。
本シーズンのビジュアルモチーフとしてプラタナスを着想源とし、それを繊細なプリントへと昇華しました。
質感、光、そして形態に対する私たちの理解を、静かに、そして明確に表現しています。