P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)とは
デザイナーはPhillip Robert Patterson。
スコットランドのグラスゴー在住のデザイナーで、彼のアトリエもグラスゴーに構えています。
ニュージーランド出身の彼はセントマーチンでの学生生活を送り、Carol Christian Poell(キャロルクリスチャンポエル)とC DIEM(カルペディエム)という、前衛的な服づくりに取り組むブランドにインターンとして参加します。
そこで大規模な商業ファッションの舞台とは違うところでの服づくりのあり方に感銘をうけ、短期的ではない長いプロセスを要する服づくりの道へと進むことを決めます。
後ほどご紹介しますが、彼の洋服の計算しつくされたパターンメイキングたちは途方もない長い歳月をかけて作られているでしょうし、それを消費されるファッションとして売り出すのは彼の本意ではなかったのでしょう。
もともと日本の取り扱いとしては2015年の秋冬にDOVER STREET MARKETで展開されたのが最初かと思われます。
(当時はポールハーデンのラックの横にコートが数点だけかかっていたような記憶があります。)
右肩と右襟がつながって一枚仕立て、左も同じつくりでセンターでクロスして重なるようなパターンのコートに当時衝撃を受けたのを覚えています。
数年経って今なら構造について少しはわかるかも、もう一度見たい、と思ったのですが流通量が少なく持っている人も限られていることもあって現在に至るまでそれは叶っていません。
パターンメイキングの妙
ここからはパターンメイキングの巧みさについてご紹介します。
話はそれますが、私はかなり前からP.R.PATTERSONのコラムを書こうとしていたのですがうまくいかなくて何度か途中でやめています。
というのも、このパターンの説明がうまく言語化できず(自分含めて)なにを言っているのか訳がわからなくなるからです。
三次元的にシームが交差するつくりなので書く方も読む方も頭を働かせる必要がありますし、どれだけうまく伝えられるかわかりませんが備忘録もかねてここに書いてみたいと思います。
まずP.R.PATTERSONをご存知の方でもブランドの魅力の一つめにパターンの巧みさをあげる方は少ないのではないでしょうか?
どちらかというとこの次の章でご紹介する生地に関することの方がよくあがる印象ですが、私としてはパターンにもっと注目してもらいたいのです。
ジャケットコートでいえば特に肩周り、パンツでいえば股周りのパターン取りが他のブランドとは明確にちがいます。
が、あまり話題にはあがりません。P.R.PATTERSONの洋服を持っている方でもどのような構造になっているのか伝わりきっていない方もいるかと思います。
これには特殊なパターンメイキングだと悟らせない工夫(次章で解説します)が効いているのですが、そのおかげ(せい?)で凄さが伝わっておらず、シンプルなジャケット(コート)なのに金額がしっかりめな印象を持たれているのでは?と思っています。
まず肩周りのパターンから。
P.R.PATTERSONの肩周りの構造は何種類かあるのですが、基本的には前面がセットインスリーブ、後ろがラグランスリーブの構造になっています。
これだけだとまあ他のブランドでもよくあるバックラグランの構造なのですが、P.R.PATTERSONのラグランスリーブは2本のシームが走っています。
その2本のシームは片方はアームホールの下側に着地し、もう片方はそのまま2枚袖のシームと結合して袖裾まで着地します。
さらに、通常肩の山なりの部分をとおるシーム(縫い目)がものすごく斜めに走っていて(写真一枚目の肩部分の斜めのシーム参照)、それがそのまま襟の付け根に着地します。
しかもこのシーム、実は写真二枚目のラグランの上側のシームと同じシームです。
しかもしかもそのシームの角度は左右の前立ての角度と完全に揃っています。
これがどういうことかというと、一本のシームが、前立て→肩線→ラグランスリーブ→二枚袖シーム、とすべての役割を果たして袖裾まで着地するのです。
やばいです。
ここしかない、という完璧なところをとおって成り立っているので、ただ感性に任せて作っていては絶対にこうはなりません。
私はこのパターンに気づいたとき、数式や定理のような数学的な美しさを感じました。
数学的な美しさ
答えが決まっている、とは時としてつまらないこともあります。
服づくりもきっとそうでしょう。この服が正解、なんて面白くないと思います。
ですがP.R.PATTERSONのパターンに合理的で必然的な美しさを感じたのも事実です。
もう一つ、より数学的なパターンメイキングをご紹介しましょう。
“BRISTI”というモデルのパンツです。
(以前入荷があったのですが写真が残っておらず拾い画での説明になります…文字での補足が多くなりますが悪しからず)
一見なんの変哲もないストレートパンツに見えますが、実に奇跡的なバランスで成り立っている繊細なパターンで作られたパンツです。
まず前立て部分に注目してほしいのですが、若干斜めに傾いているのがわかりますでしょうか?
そしてそのままシームが股下におりず、少し右にそれています。
なぜこうなっているかはあとで伏線回収のようにスッキリわかりますので少しお待ちください。
まず、なぜ私がこのパンツのパターンがとんでもないということに気づいたかについてご説明しましょう。
そもそもこのパンツ、アウトシームがないのです。(画像がなくて申し訳ありません)
アウトシームとは文字通り外側のシームのこと、つまり脚の外側面に走るシームですね。
これがないということは脚をとおす筒部分は一枚の布を丸めて作っていることになります。
本来であれば2枚の生地を合わせて筒を作る訳ですから、1枚で作ると綺麗なテーパーを出すのにも技術が必要になります。
ただ、これだけであればm.a+やLAYER-0、そのほかモードブランドでも見られるつくりなのでとりたてて特筆すべき点でもありません。
異質さに気づいたのは裾をロールアップしたときでした。
シームの裏側、縫い代のところがえらく薄いのです。
そして気づきました。このパンツ、生地の片端が耳を使っている。
耳とはセルビッチ、つまり生地端ですね。
生地耳はもともとロックされているのでほつれる心配がありません。
縫製時に薄く仕上がって洋服の場所ごとの厚みの差を減らすことができます。
昔のリーバイスなどは赤耳と呼ばれるセルビッチを含んだ二枚の生地で筒を作っていますね。
耳とは生地の端なのでどこまでも直線です。
ヴィンテージリーバイスのように耳同士を縫い合わせるとパターン上では直線同士でしか縫い合わせられなくなります。
ではどうやって身体に沿うシルエットを実現しているかというと、もう片方のシームの部分を曲線でパターン取りしてテーパーを作ったりワイドにしたりしている訳です。
ようは、耳を使うということはパターンメイキングを考える上で制約ができる、とここでは認識してもらって大丈夫です。
さあ、ようやくP.R.PATTERSONのパンツの話に戻りましょう。
先ほど耳同士の縫製はもう片方のシームでフォルムを調整する、と書きましたがP.R.PATTERSONのこのパンツにはその「もう片方のシーム」がないわけです。
アウトシームがなくて、かつ生地の片側が耳になっているということはとんでもなく制約が多い状況でパンツとして成り立たせないといけないのです。
しかも耳は直線でしか使えない、という生地の都合上、仮に筒がうまく作れたとしてもその筒を二つ合わせて「パンツ」にする際にお互いを干渉したり、また生地が足りなかったりとうまくいかない可能性もあります。
ロールアップして耳を見た私はここまで考えを巡らせたあと、そのセルビッチのシームを上へ上へと辿って行きました。
すると、なんとそのシームはそのまま前立てに行き着いたのです。
お待たせしました。これが最初に説明した「ずれた前立て」に繋がります。
左脚のシームは少し脚の後ろ側に走っていて、それが股に近づくにつれてねじれを起こして前立てへと着地します。
勘のいい方ならもうお気づきかもしれませんが、右脚はこれがヒップ(お尻)のシームにねじれながら繋がります。
つまり「アウトシームなし、片側セルビッチの一枚仕立てで構成された2本のインサイドシームがZ軸方向にねじれながら前立てとヒップシームにつながる」という奇跡的なバランスで成り立っているのです。
しかもこのつくりは何も美しいというだけではなく、きちんと機能的な役割も果たしています。
アウトシームをなくすことでより筒状に近づけて360度どこから見ても綺麗なシルエットになりますし、耳を使うことで内側の縫い代を薄くし着心地を向上させ壊れにくくもしています。
まさに合理的で美しいパンツです。
アシンメトリーに走るシームだけを見ると少し独特なパターンだな、くらいに捉えがちですが多くの制約の中この構造が成り立っていることを理解したのちにもう一度見るとこのパンツを「美しい」と感じていただけるのではないでしょうか。
パターンと生地の相性
ここまでパターンメイキングの尋常ならざる意匠について見てきましたが、これを知っている人はそれほど多くはない印象です。
その理由の一つにP.R.PATTERSONの使用する生地はシームや耳が目立ちにくいようなものが多いからだと考えます。
俗っぽくいうと「すごいことをしていると悟らせないように生地で工夫してるんじゃないか」ということです。
まずシームの方から説明すると、肩周りに特徴的に走るシームですが下の写真なんかではほとんど目立ちません。
彼が関わっていたCarol Christian PoellやC DIEMなんかはオーバーロックなどでシームを強調するようなデザインが多く見られましたがP.R.PATTERSONはその逆で、シームがとおることで起きるノイズを極力なくそうとしてあります。
P.R.PATTERSONの生地は織り感が強く個性的な生地が多いので、それがファンができる要因にもなっていますが迫力のある生地を使うことでシームをうまく目立たなくしているのではないでしょうか。
耳に関しても同様のアプローチで、派手なものではなく銀の糸が一本走っているだけのシンプルな耳になっていてノイズが少なく、よほど目を凝らして見ないと違和感に気づきにくくなっています。
人柄が伝わる洋服
これほどパターンにこだわり、そしてそれを迫力ある織地で目立たなくした洋服たちを見ていると、デザイナーPhillip Robert Pattersonの人柄がなんとなく見えてくるような気がします。
彼はインタビューで理想とする着用者のイメージとして「派手でなく、利己的でなく、一生懸命努力していない」と答えていました。
顧客イメージとして語ったのかもしれませんが、(前半二つは特に)彼をあらわすことばとしても適切なのではないかな、と感じました。
彼はインタビューで「服づくりのプロセスを知ることはとても大切だ」とも語っています。
最後に一つ私が好きなディテールを例にご紹介しましょう。
P.R.PATTERSONのジャケットなどは基本的に裏地がついているのですが、裏地も表と同じパターンメイキングになっているのです。
そして、その裏地は肩周りが2色の生地で構成されています。
おそらく肩周りのパターンに違和感を持つきっかけになれば、という気持ちだったのでしょうね。
色が切り替わっていることでパターンはよりわかりやすくなります(ジャケットを裏返しにした場合、ですが…)
作るまでの膨大なプロセスは所有者にしかわからない、文字通り裏側に隠して表側はテクニカルな痕跡は隠す、というのが奥ゆかしい彼の人柄を表しているように感じます。
そんなP.R.PATTERSONですが2019年を最後にブランドが休止しています。
instagramでは生地の写真を上げられたりと動きはあるようですが、我々の待ち遠しいという声がプレッシャーにならないように気長に再開を待ちたいところです。
P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)のモデル一覧
WRK JKT
18AW WRK JKT LAMBWOOL ウールカバーオールジャケット / P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)
JACKET
18SS リネンブレザージャケット / P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)
DIRLETON CHORE JACKET
19SS DIRLETON CHORE JACKET リネンテーラードジャケット / P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)
SOLD OUT
SHORT COAT
17AW SHORT COAT ステンカラーコート / P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)
SOLD OUT
CARNASSERIE TROUSERS
19SS CARNASSERIE TROUSERS リネントラウザーズパンツ / P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)
SOLD OUT
GREENAN GILET
19SS GREENAN GILET リネンベスト ジレ / P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)
SOLD OUT
SCARF
18AW SCARF ウールリネンスカーフ / P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)
SOLD OUT
P.R.PATTERSON(P.R.パターソン)のお買取について
D’arteでは、アルチザンブランドの買取をおこなっております。
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