THE ROW(ザロウ)はいかにして最高峰のラグジュアリーブランドになりえたか

ご無沙汰しております。
本日はTHE ROWについてのコラム。創業者はハリウッド女優・トップセレブであるオルセン姉妹。
彼女たちは、自分たちの名前を使って売ることよりも、服そのものの力で語る道を選びました。
派手なロゴも使わず、華やかな宣伝もおこなわず、ただ誠実に「いい服を作る」ことを積み重ねてきたTHE ROW。
このコラムでは、なぜTHE ROWが「セレブ発ブランド」を超え、今のようなラグジュアリーブランドの品位を得たのかを一緒に見ていきます。
THE ROW、その品格のはじまり
THE ROWが誕生したのは2006年。
創設者のメアリー=ケイトとアシュリー・オルセン姉妹は、もともとハリウッドで活躍する人気俳優でした。
日本でも有名なアメリカのテレビドラマ『フルハウス』でミシェル・タナー役として生後9ヶ月にしてデビュー。
当時「フルハウス」が撮影されていたカリフォルニア州では労働法によって子どもが出演する際に20分ごとの休憩が必要だったため、双子によって交互にひとつの役が演じられる方法が考えられました。
ひとつの役を二人で演じられていたことは当初は公になっていませんでしたが、人気が高まりプレスツアーが行われたことによってミシェル役が双子だったことが明らかになり注目を集めることとなります。
子どもの頃からメディアの中心にいて、常に注目を浴びる立場。
そんな彼女たちが服づくりをスタートしたのは20歳のころでした。
当時セレブが立ち上げたブランド、といえば広告塔としてフロントマンになっているだけで実態は別の組織・チームが製作していることも多く、ファッションシーンをリードしていくような本質的で前衛的なものづくり、といった評価ではありませんでした。
そんな中、彼女たちが目指していたのは「自分たちを見せるブランド」ではなく、むしろ自分たちの存在をできるだけ消し、服そのものが語るブランドをつくることでした。
その最初のプロジェクトが「完璧なTシャツを作る」という、たった一枚の服に向き合う試み。
肩のライン、着丈、肌に当たる質感――そのどれもが理想に届くまで何度も作り直されたといいます。
完成したTシャツにはロゴやタグはつけられておらず、ゴールドチェーンが首元にあしらわれているだけでした。
タグやロゴでそのものの価値を高めるのではなく、クオリティと品格をもって価値を高める、という考えは現在の「クワイエット・ラグジュアリー」の哲学の原点になっているように感じます。
また、ものづくりの「品格」へのこだわりはブランド名の由来からも伺えます。
ブランド名「THE ROW」は、ロンドンの高級テーラー街・サヴィル・ロウ(Savile Row)の名前から。
洋服の根幹となる「仕立て」や伝統的な服飾文化への敬意と、自分たちもその流れに連なるという意志の表れでしょう。
私がTHE ROWが好きな理由は、「大規模な広告戦略」「過装飾なデザイン」「権威性(ブランド力)」という現代のファッション界のある種の常識を、ものづくり以外の部分も含め一貫して抗っているように感じるからです。
オルセン姉妹はデザイナーでありながらブランドの顔として表舞台にほとんど出てきません。
インタビューにもほぼ応じず、彼女ら個人のSNSも運用していません。
THE ROWのinstagramアカウントは存在しているものの直接的に洋服を載せることはあまりなく、主に絵画や家具、彫刻作品などを掲載しておりそれらがシーズンのコレクションとどう関連しているのかの説明もありません。
SNS全盛の時代、あらゆる情報が簡単に手に入る時代にここまで「思考・感性の余白」を大事にしているというのも(そしてそのブランドが多くの人の熱狂的な支持を受けているのも) 稀なことだと思います。
それほどまでに彼女たちは、ブランドの評価を「自分たちの言葉や知名度」ではなく「服そのものの完成度」に託しています。
そのスタンスをとったことで生じるリスクをすべて受け容れてブランドを20年間継続させているということは半端な覚悟ではないでしょう。
THE ROWのその影響力の大きさから、THE ROWの雰囲気に近いようなブランドが多数生まれている昨今ですがその多くは広告にお金をかけ、知名度を上げてブランド力を高める手法をとっています。
ブランドを存続させ、多くの人に愛されるブランドとして続けていくためにも当然のことだとは思うのですが、だからこそスタンスまでミニマルに、そして引き算的に業界の常識に抗うさまがとても眩しくあります。
その一本筋がとおったスタンスが、THE ROWのミニマルな洋服をよりいっそう力強く見せているのでしょう。
クワイエット・ラグジュアリーの体現
THE ROW
近年トレンドになっている「クワイエット・ラグジュアリー」という概念。
直訳すると「静かな豪華さ」となりますが、それまでのラグジュアリーのイメージであった華やかで装飾的なものをノイズを排し、要素を最小限まで減らした中に豪華さ可憐さを込めた新しい価値観です。
ラグジュアリーというものの価値観をアップデートしたようなクワイエット・ラグジュアリーという言葉は2020年代に入ってから少しずつ耳にすることになります。
このクワイエット・ラグジュアリーという価値観を世に知らしめたのは、女優クヴィネス・パルトロウの「裁判ファッション」が大きな要因でしょう。
スキー中での接触事故で訴訟を起こされたクヴィネス・パルトロウはその裁判にミニマルで上品なファッションで出廷しました。
普段イベントやパーティでの格好はもっと華やかなドレスやコートを着用している彼女ですが裁判、しかも無実を主張してのぞむものだったため誠実さや謙虚さを演出する意図もあったのかもしれません。
数回に及ぶ出廷の際のファッションがどれもミニマル・シンプルながら上品さを兼ね備えており、これが大きく注目されることとなりました。
その際に特に印象的だったのがTHE ROWのロングコート。身体のラインを拾わないふっくらとしたシルエットのオーバーチェスターコートで色味も深いカーキと、普段の華やかさとは異なる(けれどとても魅力的な)スタイルは多くの人の関心を集めました。
これはセレブがメットガラやパーティで着るようないわば「よそいきの服」ではない、だけど上品に感じる本質的なものという新たな価値基準ができはじめたということでしょう。
クヴィネス・パルトロウ以外のセレブリティもこのころクワイエット・ラグジュアリーのスタイルを取り入れ、一過性のトレンドではなく新しい価値観としてファッション界でも認められていくようになります。
とはいっても、エルメスやブルネロクチネリなど、華やかなだけではない質実剛健なものづくりでファッションのメガトレンドとは距離をおきつつ多くのファン・顧客を抱えるブランドはもともとあったので完全に新しい価値観として近年誕生したというわけではないのだとは思います。
ただTHE ROWをはじめとしてJIL SANDER、LEMAIREといったシンプル・上質なブランドが一般のファッション好きの方を含め多くの人々に受け容れられているという現状はクワイエット・ラグジュアリーという価値観がひとつ大きなトレンドとして確立されるに至ったととらえれらます。
新しい価値観としてその存在感が大きくなりつつあるクワイエット・ラグジュアリー。
そんなジャンルの中でもTHE ROWはひときわ異彩を放っているように感じます。
先ほどの章でもお伝えしましたが、THE ROWの「静寂さ」はデザインやスタイルだけにとどまりません。
売り方、メディア、広告、ショー、店舗内装… そのすべてが一貫して「クワイエット・ラグジュアリー」を体現しています。
例えばTHE ROWの公式サイトでオンライン購入が可能になったのは2019年。それまでは商品を見ることしかできませんでした。Eコマースが前提となっている昨今、ブランド開始から13年間もオンライン販売をおこなわないスタンスをとっているというのは規模が大きいブランドであればあるほど例がありません。
またメディア露出や広告も「静寂さ」を一貫して大事にしており、これもTHE ROWの洋服たちのイメージと一致しています。
コレクション発表もショー形式とルック形式がシーズンによって変わり、ルック形式での発表の方が多い印象。直近のシーズンはよりルック形式が多くなっています。
これもよりノイズのないかたちで伝えるためのアプローチなのでしょう。
そして店舗内装。美術館のような静寂に包まれた空間でありながらソファやラグ、テーブルがリビングのように配された内装は洋服やあくまでワードローブで生活の一部なのだという感覚を与えてくれます。
THE ROW
THE ROW
THE ROW
THE ROW
THE ROW
THE ROW
ジャン・ヌレやジャン・プルーヴェの名作家具が店舗内に佇むようすもクワイエット・ラグジュアリーを力強く物語っているように感じます。
マルゴーとバーキン
ここではTHE ROWを語る上で欠かせないアイコンバッグ「Margaux(マルゴー)」についてお伝えしようと思います。
現在マルゴーといえば店頭では買うことができずお目にもかかれないという、いわばプレミアバッグとなっていますが同じように店頭で買えない最高峰のバッグとしてエルメスのバーキンと比較されることが多いように感じます。
どちらも古さ新しさを感じさせないエイジレスなアイコンバッグですがその成り立ちを見ていくとむしろ正反対な要素を持っています。
まずバーキンですが、1987年に女優ジェーン・バーキンが使いやすいバッグがないと当時のエルメスの社長に相談したことから生まれました。
その経緯もあって、ジェーン・バーキンが愛用しているバッグ、といういわば著名人のお墨付きもあり発売直後から多くの注目を集め、憧れのバッグとしての地位が早い段階で確立されることになります。
(もちろんエルメスというブランドがすでに150年以上の歴史があり、多くの人に愛されているという背景もあってのことだとは思いますが)
こうして誰もが憧れるバッグとしての地位を築いたバーキンですが、一方のTHE ROWのマルゴーはまったく異なる誕生のヒストリーを持っています。
マルゴーは2018年に「ロゴに頼らず、静かに語る」という、THE ROWの哲学を象徴するバッグとして誕生しました。
ブランドの思想を体現するために生まれたバッグのため、極限まで削ぎ落とされたディテールやノイズのない佇まいはある意味必然だといえます。
エルメスのバーキンの持つヒストリーが「誰かの欲しいものをかたちにする」というマーケットインの手法だったのに対しTHE ROWのマルゴーは「ブランドの哲学を具体化する」というプロダクトアウトの手法でした。
現在ではどちらのバッグも多くの人々から高い評価を受け、愛されるバッグとなっているわけですがプロダクトアウトで作ったものというのはマーケット(人々の需要)とまったく合わない可能性もあります。
そんな中自分たちのブランド哲学を信じ、それをかたちにしたバッグがここまで多くの人に愛されているというのは、そのプロダクトの魅力が真に証明されたということなのかもしれません。
バーキンのバックストーリーも人々に愛される理由が詰まった素晴らしいものだとは思いますが、これはやはり先述したように150年以上の歴史を持つブランドが誰かからの相談を受けてできた、という経緯で説得力を持っている部分も大きく、どのブランドでもできることではありません。
これほどの対比をもったバッグがどちらも常に品薄でプレミアがつく人気となっているというのがとても興味深いですね。
余談ですがメアリー=ケイト・オルセンはエルメスのバーキンを長年愛用しており、写真では変色し型も崩れていてかなり使い込まれているようすが伺えます。
マルゴーはバーキンを目指して作られたわけではありませんが、彼女らのものづくり精神の根幹には自分も愛用しているバーキンのようなエイジレスなものをTHE ROWでも体現するんだ、という思いがあることでしょう。
D’arte(ダルテ)で取り扱っているTHE ROW(ザロウ)の商品たち
D’arteで過去に取り扱っていたTHE ROWの商品です。
THE ROW(ザロウ)のお買取について
D’arteでは、THE ROWの買取をおこなっております。
思い入れがあるけれど着ていない、使っていないお洋服などございましたら一度メールにてご相談くださいませ。
このコラムに辿りついて読んでくださった貴方のお持ち物に興味があります。
ぜひこちらまで、ご連絡くださいませ。